TIBF2009 村瀬拓男氏講演録 2009.7.09
Thu
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― イントロ 萩野正昭(ボイジャー) ―
ブックフェア初日、すばらしいゲストをお呼びしています。
弁護士の村瀬拓男さんです。村瀬さんは実は新潮社の電子出版を担当されていた方です。ですから電子出版の事に関してはエキスパートで、ボイジャーも新潮社との仕事を村瀬さんと長い間やらせていただきました。ここに新潮文庫の100冊というのがありますが、これも村瀬さんとの仕事です。
Googleの話が世の中かまびすしく話されていますが、村瀬さんはダイヤモンド・オンラインでウェブ連載をなさっています。是非ご覧になってください。
(→リンク:http://diamond.jp/series/google/bn.html)
『「黒船」グーグルが日本に迫るデジタル開国』、なかなかどきっとするようなタイトルです。非常にわかりやすく、電子出版をなさっていた方ならではの解説だと思います。もちろん和解がどういうものだとかGoogleの行っていることの問題だとか、そういうことも書いてありますが、やはりその後ろにある、法的な処置の裏でGoogleが考えていること、そういうことに関して非常に的確に書かれていると思います。
それではよろしくお願いいたします。
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いくつもの新聞や雑誌などで「Google問題」「Google和解問題」という形で報道がされていたので、今日は業界関係の方々中心ですから、皆さんいろいろなところでいろいろなものを読んで、見ておられると思います。
この問題で我々が一体何を考えなければいけないのかとか、一体この問題というのはどういうことなのかといったことを、なるべくわかりやすくお話ししていきたいと思います。
まずは、Google和解問題とはどういったものなのかざっとおさらいすると、これはGoogleが2004年、2005年くらいからGoogle図書館プロジェクトという名のもとに、アメリカにおいて、アメリカの大学図書館を中心とした公共図書館の蔵書をスキャンをはじめてデジタル化をした、それがことの発端です。
それに対してアメリカの作家組合、有力出版社数社が、それは図書館に蔵書されている本とはいえ本をスキャンしてデジタルコピーをするということは複製権の侵害であると、アメリカで訴訟を提起しました。Googleは当然この本のスキャンを無許可でやっていたわけですから、著作権法上、これは日本でもアメリカでも同じですが、コピーの権利は権利者が持っていることになりますので、勝手にコピーしてはいけないのではないのか、というのが権利者側の言い分。
それに対してGoogleは「フェアユース」という抗弁を出しました。このフェアユースというのも当然これから業界関係の方々、いろいろなところで耳にする言葉だと思います。多分来年、再来年の著作権法改正で、フェアユースというアメリカで入っている権利制限条項が具体的に検討される可能性が大きい。このフェアユースというのは一言でいえば、公正な利用、つまり公正に、社会のために役立つような利用の仕方をするならば、権利者の許諾なんかいらないじゃないかというのが、非常に平たく言えばフェアユースの考え方で、Googleはフェアユースの名のもとに図書館という公共の場にある、みんなの公共財産の本を、最新のデジタル技術を用いてより利用しやすくすると、そういう形のどこが権利者の権利を侵害しているんだというのが、彼らの言い分だったわけです。それがフェアユース。
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その事で訴訟になった。アメリカでの訴訟ですから色々なやりとりがあったんだと思いますが、昨年の秋に一応権利者側とGoogle側とで和解案が成立した。その和解案が実は日本にも波及してくるわけですけども、この和解案の内容についてはあとで説明します。それがなぜ日本にも波及してきたのか、一つはアメリカ独自の訴訟制度と言われる集団訴訟、クラスアクションと呼ばれる制度ですが、これの存在があったわけです。
これは権利者側、特に作家側ですね、作家側にしてみたら一人一人の権利者の力というのは決して大きなものではない、だけどGoogleと言えば今世界の何本かの指に入る大企業ですから、資金力についても実際の社会的影響力についても格段の差がある。そこに対して対等な勝負を挑むためにはクラスアクションという制度をとるしかないと、そういう形で実際にGoogleによって本がスキャンされる、つまりアメリカの図書館にある本がスキャンされるわけですから、そのような危険性にある権利者全てを代表して、訴訟を提起しますという言い方をしたわけです。
日本においては権利者はそれぞれ自分の権利を、この権利についてはこの人に委ねますというように、明示的に言わないと権利を委ねたことにならないのですが、アメリカの訴訟制度においては、誰かがそういった利害関係が共通する人全部ということを言えば、その利害関係全部に該当する人が事前にOKをしなくてもとりあえず当事者として処遇されてしまうという制度です。かなり乱暴な制度なのですが、これはいうならば公害訴訟だとか環境訴訟のような非常に一握りの加害者がいて被害が大規模に広がっているような訴訟形態では、なかなか被害者が個別に訴訟を起こしたりですとか皆が団結したりとかいう手間がかかりますけども、その手間を省いて現実的な被害対応ができるという意味で有用だとされている訴訟形態なのですが、実は今回の著作権訴訟においてアメリカの権利者たちはその方法をとったわけです。そのことによってアメリカで著作権が保護されている全ての権利者がこのGoogle訴訟において当事者になってしまったわけです。
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次に問題になってくるのが、今著作権に関してはベルヌ条約という国際条約があります。これは、アメリカも含めてほとんどの国が参加しています。このベルヌ条約、いろいろ細かな規定があるのですが、一言でいえば、他国の著作物であっても自国の著作物と同じように保護する、お互いにそういう形で保護をするという制度です。その結果アメリカでこのGoogle問題に関してこれから述べるような原告の立場、原告としての利益を保護するのであるならば、同じようにそれはアメリカ国外の権利者も同じように保護されなければならない、ということが条約の要請として出てくるわけです。
その結果この和解を具体的に定着させるためには、そのベルヌ条約によって全世界に存在している本の権利者は全てこのGoogle訴訟の当事者になってしまいました、という話に法律上はなるわけです。これが実際日本にオフィシャルな形で伝えられたのが、今年の2月です。今年の2月に朝日と読売の全五段くらいの広告が出たのがはじめてだと思いますが、和解管理社からの広告なのですが、日本の著者や出版社の方々はこの訴訟において、原告の立場にある当事者となりますと、従ってこの和解案の結論にその意味で拘束をされますということの告知が出たわけです。それが今回の騒動の発端だったということです。
ではその和解案というのは一体なんなのか、実はこの和解案はまだ案の段階で、この和解案がそのまま成立するかどうかは今年の9月以降、9月10月11月くらいに最後の公聴会が開かれてそこで裁判所が和解案の成立を認めればこの形で話が成立するという話なのですが、この和解案に対して日本の著作者、権利者たちはどう対応するかといったところが今回のGoogle和解問題の騒動なのです。
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この和解案の内容について、非常に簡単に説明しますと、Googleはすでに全米の図書館の本のうち約700万冊くらいをデジタル化したといわれています。その中には相当数日本語の書籍も含まれています。けっこう日本語の本もアメリカの図書館は買っているんですね。その本について、和解案というのはこれまで無断でスキャニングをしてきた迷惑料として、一冊あたりとか一つの作品あたり60ドルの迷惑料を支払いますということが和解案の内容の一つ、それからこの和解に参加してもらえれば今後Googleはアメリカの図書館に入っている本2009年の1月5日までに発行された本ということですから、昨年度中までに発行された本に限定されますが、その本に関しては、アメリカの図書館に所蔵される本は自由にスキャンをして自分のデータベースに登録することができます、と、さらにデータベースに登録をしたものに関してはいろいろ検索サービスに利用します、というのがその内容だったわけです。
さらにその検索サービスにもいくつか種類があって、例えば一つの本の中のあるキーワードが入っている本のリストがずらっと出ますと、いう範囲であれば、費用は発生しませんが、それ以外に、具体的に画面に表示をして中味を読ませるサービスというのもやりますと、そういった中味を読ませるサービスに関しては有料で提供します、有料で提供しますから当然その利益に関しては権利者の方々に返しますという話も和解案の中に入っているわけです。
実際その権利社に返す割合というのはGoogleが得た利益のうち63%を権利者側に戻すという、非常にある種数字から見れば大盤振る舞いな感じなんですが、そういった形でGoogleがかなり譲歩する形で、権利者はスキャンすることを許すかわりに、Googleがそれを利用し、利益を上げた場合にはその利益を還元させる、そういう枠組みを作ることによって和解をしましょうと、いう形で、アメリカでは当事者同士で合意をしたわけです。
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それで、先ほど言ったようにそのアメリカの当事者同士の合意が、実は日本の著者、出版社にもかぶさってきているわけです。日本の著者、出版社は当然それに対して文句をいうこともできるのですが、その法律の制度上文句の言い方のレベルがいくつかあり、ひとつはそんな和解の集団に入るのはいやだと、自分はそこから離脱するんだという選択肢が一つあります。この選択肢を実際にとった団体が、既に報じられているだけで日本で2つあります。
一つは日本ビジュアル著作権協会というところで、これは報道されましたが、詩人の谷川俊太郎さんたちが加盟している300人くらいの権利者が加盟している団体ですけれども、そこの団体はこの和解からの離脱ということを宣言されました。それから日本漫画家協会、松本零士さんなども入っているところですが、そこも離脱をしたということを発表されています。
和解からの離脱というのはどういうことを意味するかというと、単純にいえば今言った和解案のすべてを拒否するということで、Googleによって無断でスキャニングされることも容認しないということが和解からの離脱によって実現はできるわけですが、逆にいえば、Googleはこの和解から彼らが離脱した場合には、Googleの主張はフェアユースですから、フェアユースの名のもとに谷川俊太郎さんの著作物のスキャンとか利用は自由に行うというのがGoogleの立場なので、それに対して谷川さんたちは訴訟を提起するなどして個別に争って止めるしかなくなるという立場になるわけです。これはいうならば、和解からの離脱というのは権利者としての自分の権利は自分で決めるという意味では、確かにその通りの立場なのですが、現実問題としてはアメリカで訴訟を提起しないといけなくなる可能性が極めて高い、という非常に厳しい立場かなというところもあるのですが、そういった和解からの離脱をするという方法が一つ。
それからもう一つは和解案に対して異議を申し立てて修正を試みるという手が一つ、ただこれに関しても現実にはアメリカの著作権団体がかなりかけて作った和解案なので、日本の事情を提示してそれがどれほど和解案に影響できるかということに関してはなかなか難しいんじゃないかと言われています。もう一つがそのまま何もしなければ和解を受諾するという選択肢になっているわけです。 大体今ざっとお話したのがGoogle和解問題のアウトラインです。
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このあと和解の内容の少し細かいところに踏み込んで説明をしていきます。というのもそこのところで、実際には出版界、著者も含めてですが、我々が日本において何をどう考えていかなければならないかというポイントが出てくるところなので、若干を説明させていただきます。今言ったこれが日本のGoogle Books(ブック検索)、という画面です。これは日本においてGoogleがやっているサービスです。
今回アメリカにおいてのGoogle和解問題で最終的にGoogleがやろうとしているブック検索というのはまさにこのイメージです。ただここの中で検索できる対象に今回和解で、すでに向こう側で700万冊スキャンをしたというデータ、日本の本も含めたデータというのは入ってはいません。今、日本のGoogleBooksで検索ができるのは、Googleの日本法人が、日本の出版社とパートナープログラブという名のもとに個別に契約をして提供してもらった本、それからあと慶応の図書館が著作権切れの本を約12万冊ほどGoogleと共同してスキャンしているのですが、そのあたりがこのGoogleブック検索の今の対象になっています。
ただ、使われ方はこれと全く同じですね、これが今の、慶応というキーワードを入れるとずらっと出てくるわけですが、このような使い方が一つ想定される使い方です。こういう形で・・・
当然のことながら、これは皆さん非常におなじみのGoogleの画面ですが、彼らは今回の和解が成立したあと、どういったことをしたいのかというイメージから説明しますと、基本的にはアメリカにおいては数百万冊、たぶん数千万冊くらいの規模になると思いますが、そのくらいの本をスキャンしてデータベース化する。そしてデータベース化したものをまず自分のところのブック検索の画面などで、こういう形で提供する。その場合にはここのところ、これがタイトルですね、タイトルで著者、それから書誌情報みたいなものがありますが、この2行などは中味を一部抜いて表示していますがこの表示、これがスニペット表示と向こうが言っているもの、あとこの部分プレビューとありますね、この一部分、Googleの和解案においては最大20%までを表示するという形になっています。
実は小説などは結末部分は表示しないなどいろいろ細かな約束事があるのですが、この部分プレビュー、それからあと全文表示というような使い方、これが用意されることになっています。こういったスニペット表示、これから部分表示、全文表示、こういった三段階の、表示使用と和解案の中で呼ばれている、具体的には本の中味を見せて読ませるサービスです、こういったものに関して表示使用をしますと。もう一つは、こういった本がありますよというだけの、例えば谷川俊太郎というキーワードを含む本がこのように存在していますよという表を表示させる、これが非表示使用と彼らがいっているもので、つまり中味を読ませるわけではないと、本の所在、こういった本があるよといった情報だけですよというように読ませる使用、大きくわけてこの非表示使用と中味を読ませる表示使用、この2種類の使い方を用意しますと。
ではその2種類を腑分ける根拠をどこに入れるのかと、基本的にはスキャニングするわけですから、全ての本が技術的には全文表示可能になるわけです。しかしそれを全文表示可能にはしない、和解案でもさせないということになっているのですが、そこを分けるポイントはどこかというと、紙の本として絶版になっているかどうかでまず分けますというのが、彼らの一つのポイントです。なお著作権切れ、絶版と著作権切れは概念として違いますが、著作権切れに関しては原則全文表示をさせますという言い方を彼らはしています。著作権切れというのは日本においては著者の死後50年ですね、アメリカは70年になっていますが、それだけ経つと著作権としては消滅するという形になっていて完全に公共のもの、パブリックドメインという著作権法上の扱いを受けることになりますから、それは完全に自由に使えるものだというのが原則になるわけです。
日本においても例えばネットでは青空文庫のようなサービスは、著者の死後50年以上経ったものに関しては全文テキストデータでフリーで公開していたりするわけですが、そういった表示、それが著作権切れができるものですが、このGoogle和解案では著作権が生きているものであったとしても、原則紙の本で流通していないものに関しては、全文表示サービスをしますよというのが彼らのこの和解案の今回のスタートです。なぜそういう形で和解が成立したかと言えば、向こうの権利者は著者と出版社がいるわけですが、著者にとってみたら出版社が本を流通してくれていればそれで読者が獲得できて印税も入ってくるわけです。しかし本が絶版になっていたら、著作権が仮に生きていたとしても誰も読むことができないわけですから、それを広く読ませるためにネットを使うことはプラスになるんじゃないか、というふうに考えるわけです。そのためにその本の中味を読ませてもいいよといったところが多分デフォルトの判断としてあったんだろうと思います。
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そこのところで、絶版か絶版ではないか、といったところでここのサービスと紙の本の世界とがリンクをするわけです。ようは紙の本で生きている間はGoogleは本の所在についてしか情報を提供しませんよと、だけど紙の本の流通が終わったらネット上で読めるようにしますよと、いう非常に大きな枠組みになっています。ちなみに著者の考え方などで絶版になったとしてもやっぱりネットで読ませるのはいやだといえば、その著者の考えは尊重しますというように和解案ではなっています。当然のことながら著作権が生きている間は、表示使用することによって生じた利益はちゃんと著者にお支払いしますという形でのバランスがとられるわけです。
ですから一つ、先ほど言った出版界にとっていろいろ考えなければいけないことというのは、ようは本の流通ということに関して、著作権、著者が書いてからその著者が死ぬまでの間、大体一世紀くらい権利が生きている期間があるわけです。その一世紀くらい権利が生きている期間に、世に生み出された著作物をどういう形で流通させていくのか、その流通のなかにこのデジタルをどう組み込んでいくのか、そういうグラウンドデザインがここでは問われているということになるのだと思います。Google側は明確に、絶版になっていればあとはネットをやりますよという回答案を示したわけですが、そこのところでどうすればいいかというのが一つの問題です。
この問題に関していうと、みなさんこういったブックフェアに来る方々の一般のお客さんの多く、安く本が買えるからというのもあるとは思いますが、もう一つやはり普通の本屋さんに行ってもなかなか手に入らない本がたくさんあるということも事実なんだろうと思います。ですから、簡単には手に入らない本というのをどれくらいちゃんと手に入れられるようにできるのか、できないのか、実は非常に大きな問題として、ここで絶版と言いましたが、日本には絶版ではないけれども本屋さんにない本というのがたくさんあるんです。これは、品切れをしていて店頭在庫がない、なおかつ出版社の在庫もない、という本です。だけど重版の予定がない、品切れ重版未定というステータスの本なのですが、例えば書協のブックスのデータベースは今130万冊くらいの日本語の本が登録されていますが、そのうち流通している本が確か70万冊くらい、これは実際に生きていて在庫が何らかの形であって動いていますよと、これは出版社の自己申告ですが、あるんですが、実は一応本として出ているけどもいろいろな都合によって品切れ在庫なしで、重版未定というステータスの本が44万冊もあるんですね。そういう44万冊の本に関して一体出版社はどう考えていかなければいけないのかと、44万冊の本に関しては絶版扱いにしてこういったGoogleのようなところに委ねるのか、委ねないのかというところが一つ、出版社が問われてくることとしてあるわけです。
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2009年5月にアメリカの原告弁護団が来日して、書協(日本書籍出版協会)および文芸家協会(日本文藝家協会)での説明会などを行ったのですが、特に、文芸家協会での説明で、従来グーグル和解問題に関して非常に否定的な意見を述べていた文芸家協会の方が、かなり意見を変えて積極的に和解を推進したい、という言い方になった。三田さんなんかの判断基準としては、ひとつは、当初いろんな説明が行われるまでは、絶版の基準がどこでの基準なのか明らかでなかった。
最初言われていたのは、アメリカ国内で手に入りやすいか入りにくいかというところが基準じゃないかと言われていた。たぶん和解案の法解釈上ではそのように解釈するのが正当であろうと思うんですけれども、そうするとたとえば、ニューヨークの紀伊國屋書店の本棚に1冊あるだけの本がアメリカで入手可能とされるかどうかというと、決してそうではないだろう。そうしたら日本語の本は原則ほとんど絶版扱いになって有無を言わさず原則として表示仕様、つまり中身を読ませる仕様をネットでやってしまうということになりかねない。それはある種、権利者の側である、著者はともかく出版社の利益を大幅に害するのではないかということもあって和解案に関して非常に批判的な立場の人が非常に多かったわけです。
ちょうど今年の5月の和解弁護団の来日、それと合わせてグーグルからもアナウンスがあって、絶版か絶版でないかの基準は日本国内の流通を基準に考えます、という形で状況を緩和してきたので、意見が好転してということがある。それはどういう基準かというと、さっき言ったようなBOOKSのところで刊行中なってる、絶版になっていないということが一つと、amazon.co.jp、紀伊國屋ブックウェブなどの有力な電子書店で現在注文可能かどうか、というようなところのいくつかのソースを勘案して流通しているかどうかということで決める。それを絶版か絶版でないかの判断基準にすると言っているんですけれども、実は、今言った「品切れ重版未定」は、現実にはBOOKSのデータベースには表示されない本になりますし、アマゾンなどのネット書店それからリアル書店でも現実に存在してない本ということになるので、グーグルの和解案の構造の中では絶版扱いにされる可能性がきわめて高い。そこのところで出版社が考えている絶版の定義とグーグルなどのネット側が考えている絶版の定義とは明らかにズレが生じている。ここに関する議論はまだ深まっていない状況だろうと思います。
それからここが一つポイントですが、こんどは具体的な利用について少しフェーズを変えて触れていきたい思います。表示仕様に関してはグーグルは利益を得て、その63%を著者側に分配します。その利益の上げ方はいくつかあるんですが、グーグルは、日本でもっぱら電子出版で典型的に行われているやり方は今回とらない。これひとつ面白いポイントだと思います。いま日本で電子出版で行われている一番典型的なスタイルは、PCの書籍でもケータイの書籍でもそうですが、本1冊1冊をダウンロード販売する。これが日本で一般的にとられている方法ですが、今回のグーグルはこうした販売、利益の上げ方は想定していない、ここがひとつ全く違うところだろうと思います。じゃ、具体的にどこでお金をとるのか。
表示仕様ができる書籍、たぶん何100万冊になると思いますがその全部、あるいはジャンル別、たとえば医学関係の表示仕様可の書籍50万冊のデータベースを一ヶ月購読できる権利をたとえば1000ドルという形で売ります、というのがグーグルの今回の商売の仕組みであると和解案には書いてあります。数字は全く架空ですので何の根拠もありません。こうした権利を医学関係の研究所が契約をして買うということになれば、所員の人たちはいつでも何冊でも50万冊の本を自由に検索して中身を読んで情報を得ることができる。こういうサービスをアメリカでグーグルはやろうとしている。これが売り方としてひとつ全然違っているところです。
それから当然なことながらグーグルですから広告費用をとる。本そのものに関連して広告をとる。何かそういったお金がはいってくる。
大きく分けるとデータベースを利用させることによる収入、それから広告の収入、それ以外にも細かくありますけれども、これが今回のグーグルブック検索によってグーグルが得ようとしている利益の形です。これをどう評価するかは今後やってみてマーケットが決めることだと思います。
従来、どーっと売れた後のロングテールの部分がITが一番有効な部分ではないかと言われていました。でも所詮ロングテールはロングテールで1冊1冊の売上は非常に少ないわけですね。でもそれをまとめることによって別の価値を生み出させるというやり方は、これはある種面白い考え方だし、何10万冊何100万冊丸ごとのアクセス権という形で売る、本1冊1冊の対価とは違う形の権利の利用のあり方がでてくるということが面白いところだと思います。
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もうひとつそれと関連するんですが、グーグルはダウンロード販売は原則和解案の中に入っていません。ダウンロード販売させないことについてグーグルの日本法人の人に聞いてみたんですが、グーグルの今の方向としては、「クラウドコンピューティング」だという言い方をしていました。今のネット環境などを考えるとユーザーにデータをダウンロードさせることによって生じるメリットは基本的にはないと。むしろダウンロードしてしまうことによって、いわば権利者というかコントロールしている側からものが離れていくわけですから、その権利を保持するためにはDRM(=Digital Rights Management)システムをガチガチに組み込まなければならない。
DRMたとえばコピープロテクトが典型的なものですが、これは購入者にとっては使いにくいことこの上ない。実際、音楽ではDRMが導入されても今ほとんど解除された状態になっています。このようにダウンロードというのはユーザーの手元へデータが行ってしまうのでコントロールがしにくくなる。
一方、本というのは、リリースされたそのときだけ有用な本というのもたしかにありますが、5年10年たってもその有用性が決して減らない、かえって上がっていくという種類の本だってあるわけです。もっと長い20年30年という本の寿命を考えたときに、20年前にダウンロードされたデータの可読性をどれだけ発行元として保証できるのかというと全く保証できません。先ほどの「新潮文庫の100冊」というのは僕と萩野さんと一緒に制作しました。14年前、1995年に出したCD-ROMですけれども、残念ながら今のパソコン環境でストレートに再生できません。不可能ではないんですが、けっこうテクニックがいるわけです。そのために新潮社においてもボイジャーにおいてもかなりなユーザーサポートをして環境を整えてあげないと14年前に買っていただいたものが多分今読めない状況になっている。ダウンロードというのは常にそういうリスクが生じる。ところが紙の本は14年前に買った本でも普通問題なく読めますよね。大きな違いです。
ところが、ダウンロードさせないことによって、グーグルは、グーグルのサーバにおいて常にそのときにメジャーな再生環境に対応した形でデータを送信できるようにメンテナンスさえしておけば、いつでも読めるわけです。はっきり言って今のブロードバンド環境においてどんなデータでもたかだか本1冊程度のデータであれば瞬時に落ちてきますから、いちいちユーザーのハードディスクないしはメモリーにいれておく必要は全くない。15年前にはまだ現実的ではありませんでしたが、いまはもうまさに現実的な状況になってきて、そうした状況をふまえるとダウンロード販売がもっている潜在的なリスクを想定すれば、今回グーグルが提示しているようなダウンロードではなくていわば閲覧権の販売という考え方は、非常に考え方に値するのではないか。
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一方で紙の本というものとしての本を売って、ユーザーに所有してもらうことによってビジネスモデルが成り立ってきたわけで、ここでは閲覧権の販売という形をとていますから、必ずしもバッティングするものではない、と考え方もありうる。権利者側からみたときにユーザーに対してどのようなものをどのような形で提供するのかという選択肢の幅が大きく広がったと評価することも可能ではないか。そこのところもこれまでの報道ではなかなか出てこなかったが、グーグルの和解案の検討の中で十分考える価値があるところだと思う。
もうひとつ大きな問題がある。今回のグーグルの和解案というのはあくまでもアメリカ国内の利用に関わっています。さっき言ったようにクラスアクションそれからベルヌ条約によって権利者としては日本の権利者も関係をしているとなりましたけれども、現実に和解案にしばられるのはアメリカ国内での利用とされている。グーグル側は基本的にはアクセスしようとする人間のIPアドレスによってブロックをかけるという言い方をしているようです。当然いろいろ迂回する方法はあるので、必ずしもそれでアメリカ国外からの利用を確実にシャットアウトできるかたちにはならないと思いますが、少なくとも日本で日本のプロバイダーとネット接続契約をしている一般人はアクセスはできないというくらいのブロックがされるだろう。
そうすると意外とやはり言葉の壁というのは大きいですから、日本語の本がアメリカ国内においてどれほど利用されるかというと決して多くはないだろうと想定される。権利としては非常に大きな話ですけれども、実際問題として日本の出版社、それから著者にとって、今回のグーグルのブック検索のアメリカにおける利用が、紙の商売や他のデジタル商売に大きく影響するかというとそうでもないだろう。
ではそれでいいかというと問題はそこではなくて、今回この春ごろからの流れで明らかになってきたこととして、今年6月12日に著作権法が改正されたというのは皆さんご存知だと思います。文化庁はデジタル時代に初めて対応した大規模な改正であると言っています。いくつかのポイントがありますが、非常に大きなポイントとして国会図書館において所蔵図書のデジタル化が、著作権法の32条2項が付け加わって法律上明記された。従来の原本の利用に代えてデジタル化したデータを利用すると書いてある。さらに議会での付帯条項には(これは全会一致で可決されているのですが)デジタルデータは有効な活用をはかるものとすると書いてある訳です。
これまでも図書館においてはマイクロフィルムにおける保存と同じように、収蔵図書の保存のためにはデジタル化して蓄積をすることは合法だったわけです。ところが今回の著作権法改正によって従来の紙の本に代えてデジタルを利用してもかまわない、むしろ、それの積極的な利用は今後検討すべきだと大きく舵をきった。それと呼応するかのように今年の大盤振る舞いの補正予算で、国会図書館に127億円の予算がついて、これは従来の100年分なんですが、100年分の予算があっという間に1年でついて、国会図書館の本をデジタル化しなさいと。2年以内にで使い切らないといけないというわけで国会図書館は、いま大わらわです。使いきらないと国に返さなくてはいけないらしいです。
この近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/)というところで、江戸時代から明治の初期くらいの古書籍が、これまで約15万冊くらい国会図書館でスキャンをされ提供されています。これがその画面です。これだけではなく約75万冊の本を今回の補正予算によってあらたにデジタル化する。これによって1968年くらいの刊行までの和書籍に関してはデジタルデータ化がすすみます。実はさらにあと300億円〜400億円をつぎ込むと国会図書館の全書籍のデジタル化が可能と言われています。
では、実際デジタル化されたデータの利用についてですが、少なくとも現在国会図書館側は、国会図書館内(東京本館/関西館)での閲覧利用にとどめると言っています。ただもうすでに公共図書館に対しても提供出来ないか、館外の利用者に対しても提供出来ないかという声がある。
さらに現・国立国会図書館長長尾氏(京都大学元総長)が今年の2月くらいに「デジタル図書館構想」を提示していますが、国会図書館がデジタル化したデータの利用は国会図書館だけの利用に限るのではなく、場合によっては第3セクターみたいなところにデータを提供して、ネット業者に対して配信を許諾する、そこで利益があがれば著者や出版社に還元する仕組みを考えてもいいんではないかと言い出しています。書面としても出ていますし、国会審議の中でも長尾館長が発言者としてよばれて話が出ています。そうしたボールは出版界に投げられてくるわけです。これは長尾館長ご本人もある程度認めておられるし、国会図書館関係者も国会議員も認めておられるところですが、さっき言ったグーグルの流れ(グーグルのブック検索、和解案の提示)、それが日本にも及んできた影響を、やはり明らかに意識している。
大日本オンラインの記事のタイトルで「黒船」という言葉をつかいましたが、黒船が来たときに呼応して開国勢力がでたのといわば似た形、非常にパラレルに考えられる形だと思いますが、こうした流れを利用して拡大していこう、それがみんなのためなんだと考える勢力は決して無視出来ないほど大きい。国会図書館の場合は国の機関ですから、著作権法の改正は簡単ではないが、国会図書館をしばっている国会図書館法は一日で改正できるそうです。議員さんがいつも出入りしていますから、議員さんに話しをして翌日には国会にじょうていすらできる。そのくらい法律を変えてでも利用できる環境を彼らは作ることができる。彼らも紳士ですから、決して権利者の意向を無視して、グーグルのようにやっちゃってから訴訟で決着つけようというやりかたはとらないと思いますが、間違いなく出版界にボールは投げてくる。われわれ出版界としては答えなければならない。
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図書館と出版社、出版流通のすみ分けの問題は、実はデジタルの部分で露骨にでてくる話だろうと思います。数年前に公共図書館でベストセラーを何10冊も買っていわば無料貸本屋のような運営をしているということについて、非常に出版界と図書館との間であつれきがあったことがあった。これは今だにそんなに解消されているわけではありませんが。
それとは別のレベルで、本のひとつの寿命をとったときに、これまでなんとなく本屋さんの流通の寿命が終わったところで、だいたい図書館で利用される、仮に利用されたところで紙の本1冊の蔵書に限られているので、利用者の幅が極端に広がることはないというかたちで何となくのすみわけがされてきた。が、今回デジタルの利用ということになると、具体的にどこから利用できるのか、何人利用できるのか、どこまで利用の範囲を決めるのか、すべてきちんと合意の上でルールを決めないといけません。デジタルのデータはいっさい技術的な制限ありませんから、やろうと思えば何百万人の人が同時に読むこともできるわけです。
たとえば、村上春樹の「1Q84」が発売直後に図書館に納入されて、図書館がデジタル化してオンラインであげてもいい、ありえないけれども、となったとしたら間違いなく競合するわけです。紙の本は刷ってなければ本屋さんに存在してなくて買えないけれども、デジタルデータはいくらでも即座に複製可能になりますから、紙の本のいま存在している流通環境に対しての影響はきわめて大きくなる可能性がある。どういったすみわけのルールをきちんとつくっておかなければならないか、実は、今回のグーグルの和解案はそれに対しての一つの解答であったと思います。
それをふまえ、今回の国会図書館などを含めた国内の動き、明らかに呼応してきて基本的には同じレベルの話しだと思いますが、それに対して出版界、そして出版界よりそってボイジャーさんのように存在しているデジタル出版業界も含めて、自分たちの立ち位置とか守備範囲をどのようにすみわける形が、権利者にとってもまた利用者になる読者にとっても最善なのかを考えなければならない時代にきているのだと思います。
2009.7.9 東京国際ブックフェア・ボイジャーブースにて
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