TIBF2009 萩野正昭 講演録 2009.7.12
Sun
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十七年間ボイジャーがやってきました活動、そして今回の東京国際ブックフェア四日間の一部始終を振り返り、これからのデジタル出版、デジタルパブリッシングというものが本当に船出をしていけるのかどうか、最終日の最後の時間にあたり、皆さんと一緒に考えていきたい。
色々なことがありました。また新しいこともたくさん考えてきております……全てつまびらかにお話ししながら、皆さんと一緒に船に乗り、出て行きたいとおもっています。
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最初に、この 『デラシネ――わたくしの昭和史』という本をご覧ください。そしてもう一冊、 『ひらめきのマジック』という本がここにあります。ご覧のとおり、クラシックな紙の本です。二冊ともボイジャーのドットブック(.book)という電子出版のフォーマットで作られたものです。
オンデマンド・プリントといいまして、必要な量だけ印刷する方式で作られたものです。.bookというボイジャーのフォーマットで作りますと、たった一冊だけ紙の本を印刷する道がつけられています。それで作った本なんです。
著者は大正十二年生まれ、今年八十六歳のおじいさんです。栗山富郎さんといいます。実は映画のプロデューサーでいらっしゃいまして、東映というところでいろいろな名作を作った人です。高倉健の映画を作っている降旗康男という監督のデビュー作品『非行少女ヨーコ』を作りました。緑魔子、谷隼人、そういう俳優の方たちが出たものです。それから佐藤純彌監督、この間『男たちの大和/YAMATO』を作りましたが……その佐藤純彌監督と『組織暴力』なんていう映画をプロデュースしました。それから、鹿島建設が霞ヶ関ビルを作ったときの映画『超高層のあけぼの』そういう映画も作った、大変有名な映画プロデューサーだったんです。
栗山富郎さんが自分の人生を家族に言い残したいということで、しかし自分は自費出版なんてそういうことはやりたくないんだと、単純に一冊だけ家族に残したいんだということで、私のところに相談に来られたんです。
本は出来上がりました。こういう、三百何ページの本が。
本を作るのは難しいことじゃなかったんです。ただ、この人は、実は同時に、段ボール箱二箱くらいいっぱいの写真と資料を持ってこられました。それを見て、本当ならば紙の本の中に写真や資料を挿入して作ってみたいと考えましたけども、それでは有り余る量があったわけです。
この本を見ると帯のところに、www.dotbook.jpのderacineといういわゆるURLです。インターネット上の戸籍番号、これが振ってあります。ボイジャーは本に固有の戸籍番号というのを作って、それに資料をおいて、その資料を、この本を見ながら一緒に連動して見ることができるようにしたわけです。
今後ボイジャーが出版するものには、必ずその固有のURL、戸籍番号を振っていく……それは写真があるとかないとか関係なしに、できあがった本に対して一つの「場」が保証される、本とは未来へ発せられた一つの契機なのだ、そういう風にしていこうとおもったんです。
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ひとつの事例を見てください。『デラシネ――わたくしの昭和史』の固有の戸籍番号にアクセスしますと、資料ページが出てきます。
ここを開くと、T-Timeというのが出てきましたけれども、これはまさにボイジャーがやっているT-Time Crochetという電子出版の仕組みです。
資料に関して、この本と同じように、全部序章から目次に番号が振られてます。本と同じようにページを繰っていくと面白いことがわかります。最初に歴史学者の色川大吉がある昭和史を書いたということから始まります。この本が作者に自分史を書くことを促したのです。続いて郷里のお母さんの写真、お父さん。村役場の助役、収入役をやられてた。そういうようなことから、どんどんどんどん小学校一年の自分などが出てくるんです。
栗山富郎さんはものすごい波乱な時代を生きていきます。朝鮮に渡りそしてそこで学校は夜間部に行き、昼は働いて、やがて応召して……そして敗戦を迎えて、命からがら日本に引き揚げてくる。縁あってチッソという会社に就職できるのだけれど、労働組合活動、そこでレッドパージにあう。しかしこの人はなかなかしたたかなおじいさんというか、当時は青年でしょうが、その当時ちょうど出来上がったばかりの新興映画会社の東映にちゃっかり入っていくんです。
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資料編から、いくつかの時代の証しをご覧ください。
こういうはがきが出てきます。これは実は、「前略、貴殿かねて当社員某を通じて就職についてご希望を洩らされていた」とかなんとか書いてあります。実は、東映の人事課から受け取った、就職に対する問い合わせのはがきであるわけです。
考えてみれば、こんなもの私たち他人にとって全く無価値なものです。しかしその人にとって、こういう一枚のハガキがどんな意味を持っているかということをおもい馳せることはできるとおもうのです。誰だって一枚の紙切れに運命を左右されてきたのではないですか、みなさん!こういう文面をつらつら読んでいくと、いかにその時代、その人の生というものがどういうことであったかということがだんだんだんだんわかってきます。
この人は東映という会社に入り、教育映画部というところで、映画プロデューサーをやります。そのとき『九十九里浜の子供たち』という映画を制作します。それをちょっと見てください。
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私がもらったダンボールの中に、こういうような紙っぴらが入っていたわけです。映画のチラシです。ぼろぼろの紙切れです、なんの価値があるでしょう……おそらく丸めてぽいっとゴミ箱に入れてしまうようなものものです。しかし栗山富郎さんにとっては非常に重要なものだった。捨てられない、自身の一片だった、だから彼はダンボールの中にずっとずっと入れていたわけです。
企画赤川孝一、栗山富郎、監督豊田敬太と書いてあります。この赤川孝一っていう人は、「三毛猫ホームズ」シリーズや『セーラー服と機関銃』を書いた赤川次郎のお父さんです。
豊田敬太監督……実は私は今から35年も前、この監督の助監督についていました。私も映画出身なんです、私は……そして栗山富郎さん、豊田敬太監督、三人はつながっているんです。非常な時を経て、時代を離れて、映画というものを通じて知り合った関係なのです。
『九十九里浜の子供たち』のこのページを見てください。なんて書いてあるでしょう。九十九里浜といったら、今はわれわれはこれからシーズンで海水浴に行くくらいの話しかないでしょう。けれど、ここを拡大して読んでいくと、不漁にあえぐ千葉の沿岸の漁村での子供たち、貧しくて学校行けない長欠児童たち……こういう問題を扱っていたわけです。時代は本当に変遷したなという感じがしますけれども。
なぜこの紙切れが捨てられなかったかというのがすぐわかってくるわけです。企画者栗山富郎の言葉がここに書かれています。
「子供たちの不幸をなくすために……」なんて書いてあるんです。こういうようなものが詰まった物語でした。一冊の本には、いろいろなものが裏に隠されてある、ということがわかってきて、入れきれない要素が本には溢れてあるということがわかってきます。ひょっとしたら、電子的なものが受け持っていかなければならない世界なのではないかと、そういう風にピンときたわけです。
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もうひとつ『ひらめきのマジック』です。
これは実は、最初はこんな立派な装丁の本ではなかったのです。最初、私のところにある人を介して、斉藤ぜんきゅうさんというこの本の著者の方が尋ねてきて、自分で出版したいんだという話をなさったんです。そのときに、そうですか、じゃあお手伝いしましょうかと言って、どうせ安く作ったほうがいいんでしょう?というような感じで、なるべく質素な装丁で安いものを確か数百部だったとおもいます。そんなに刷っていいんですか、大丈夫ですか、という感じだったんです。
そうしたら、これが今、なんと四千部出ているんです。九月には千部増刷するというような状況なんです。こういうもう一つの世界が厳然と現れてきたわけです。
この『ひらめきのマジック』というのはですね、実はだんだんだんだん売れていったのです。作者ご自身がいいろんなとこで講演などで話をして、売上の実績を築いていったのです。そしてNHKのラジオ深夜便という番組に取り上げられたんです。放送後ただちにアマゾンで70冊売れました。だから、世の中そう捨てたもんじゃないなという感じです。そういう面白い、我々流のサクセスストーリーっていうものが、電子出版でもちらりほらり、生まれてきているのです。どこかで、捨てる神あれども拾う神もあり、諦めてはならないというです。
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それでは本題『船は出てゆく』に戻ります。
パンフレット『船は出てゆく』は、お持ちでしょうか?ボイジャーがこの東京国際ブックフェアのために渾身の力を込めて作ったものです。“社説”です。ですから、この中に、ボイジャーの考え方、デジタルパブリッシングはどうあるべきかということについて一切が書かれているとおもいます。
目次を見てもらいたいんですけれども、まず最初に『理想書店――仮想ではなく理想』といっています。仮想なんかじゃない、理想の書店なんだと、そういう意味です。
インターネット上の書店のことを、人はリアルな本屋と違うから「仮想」だとよくいっていました。それはそうじゃない。
冒頭の一節から、こう書いてあります。
「デジタルに作られた出版物は刹那的で、読み飛ばされ、その場限りという立場におかれ、それでいいのだとする考えに守られて、後世に伝えられるメディアとしての立場を放棄させられてきた」と。私たちボイジャーにとって後世に残るデジタルは、創業以来の課題でした。残るからこそ人はそこに真情を記したのです。仮想などであっていいわけがない!
自分たちがですね、本というものに対してどういう考え方を持ってやってきたかということについて、多くの示唆を与えてくれたのはこの本です。岩波書店から出ている清水徹著『書物について』。清水徹さんは有名なフランス文学者です。
帯を見てください。「書物/本とは……、本当にただものではない!」と書いてありますね。本当にただものではないとおもいますよ、本っていうのはね。この本の中で、清水徹さんは、本っていうものを定義しているわけです。
「何か支えとなるもののうえに記号が載せられていて、それを眼にするとき、記号に託された意味作用がそこで再現されるような、持ち運び可能な物質的装置」
何か非常に難しい言い方ですが、かいつまんでいうと、記号が何らかの支えの上にあって、時間が経過しても、ほぼ同じ意味内容が発信される装置。読めば同じ記憶がよみがえってくる。そして、持ち運びが可能である……空間をも征服した言語装置っていっているんです。紙の上にあるものだ、とはいっていないです。
これが、僕らのひとつの指針になったのです。ボイジャーという航海というか、流浪というべきか、デジタルの海を渡るコンパスになったわけですね。
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私たちは、これを通して、「今そこにある液晶デバイスを本にする」といいました。2005年のここ東京国際ブックフェアにおいて、私たちはポスターを掲げたんです。偉そうなことをいってますけれど、本当は確信があったわけではなかったのです。こうなったらいいんじゃないの、というような気持ちで、夢のようなことを語ったんです。
ところが、それからどんどんデバイスは出てきた……新しいデバイス、携帯電話は着実に伸びていった。
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このグラフをご覧ください。これはボイジャーとセルシスがやっている、コミックのビュワー『BookSurfing』の現状ですけれども、現在このビュワーを使ってコンテンツを配信しているサイトは、3キャリアで804サイトあるんです。90パーセント以上のシェアを持っているわけです。360万ファイルが読めるわけです。3キャリア全体でですから、まあ三分の一に割らなきゃならない、それでも100万以上の、120万ファイルくらいのファイルがある。いっても携帯の本というのは容量の関係から、一冊の本をだいたい十分の一くらいに割ってますから、さらにその十分の一ということだと30万〜40万冊(巻)という、まあ紙の本に従えばそういうものになるのでしょうけれど、それでもそういうものが既に携帯電話で見られるようになった。そして、iPhoneとかですね、そういうもので見えるようになっていくわけです。
私たちはボイジャーは、ドットブック(.book)というものを作っています。
さっき、たくさんのデバイスが出てた、そのたくさんのデバイスに、コンテンツを流していくということになったわけですけれど、このデバイス、先ほどポスターにたくさん出ていましたよね。2005年にああいうものを出しましたけれども、どんどんどんどん出てくるのはいいけれど、どんどんどんどん消えていくんですね。
皆さんのお持ちの携帯電話はどうでしょうか?二年間持たないんじゃないですか?まあ二年縛りっていうのがあるから二年間ぐらい持ってないと月賦が完了しないっていうことがあるかもわからないけれど、テレビのスイッチを入れたらどこを見ても携帯電話のコマーシャルばかりじゃないですか。みんな買え買え買え買えいっているわけです。それが三キャリアあって、夏モデルと冬モデルと両方でやってくるわけですから、もう何がなんだかわからない、変化させよう、どんどん買ってどんどん捨てさせようという動きでいるわけです。それに乗っかって中身もどんどんどんどん捨てていって、読み飛ばされてなくなってしまえばいいじゃないか、というようなことが電子出版に与えられていたひとつの使命というか烙印というか、考え方だったわけです。
私たちは、それは間違っているとおもいました。人は何のために本を読んだり本を書いたりするのかということです。人に伝えたいいからですよね。
新見南吉という童話作家がいました。この人は、若くして亡くなってしまったんですけれども、新見南吉の『ごんぎつね』だとか、『ランプとおじいさん』とか、そういう童話は今だって教科書に載ったり、みんなに読まれています。つまり、50年、100年先に想いを伝えるために、人は本を書くわけです。
紙の本というものは、実にそういうところを着実にやってきたわけです。ここにたくさん電子出版をやっている会社がいます、もちろんボイジャーもそのひとつです。ここにある会社がつぶれたら、その会社が引っ張っていた電子的コンテンツはもろともになくなってしまうわけですよ。データーベースで何でもできるなんていっているけれど、そのデーターベースを運営する会社が倒れたら、みんななくなっちゃう。しかし、紙の本は会社が倒産しても、きっと図書館や古本屋に残ってるでしょうね。そういう意味でいうと、紙の本の保守的な忠実さというものは、非常に見ならうべきものがあります。ただものではないわけですよ、本というのは。
デジタルからだって、本は生きながらえていかなければいけないというわけです。そういう意味でいうと、たくさんのデバイスに本が流れていく、そして、紙の本に必要なだけ印刷できていくということを私たちは考えたわけです。我々のひとつのフォーマットである.bookをそういうフォームに仕上げていく必要があったというわけです。
.bookというものを作っておいたら、携帯にも出せる、そしてPSPだとか、iPhoneだとか、PCだとか、そういうものにもどんどん出せる……そして最後には、紙の本にも出すことができる、こういうことを考えて、私たちはやってきたということです。
今ここに.bookというものがあります。
これをPCで読むときにはT-Timeというもの、青空文庫ならazurというもの、さらにPCでストリーミングで閲覧するための『Crochet(クロッシェ)』といろいろなものが準備されているわけです。携帯で読むときはナンバーワン・ビュワーのBookSurfingというもので見ることができる。そして今、携帯が新たなiPhoneという、こういうようなデバイスにも、どんどんどんどん広がっていくようになったわけです。
iPhoneはやっぱり優れています。今もっとも進化したデバイスだといえるでしょう。だったら、これで本を読むっていうことができるんだったら、ひとつの理想の本が現れたという風におもえてきたわけなんですよね。
これを全体をPCの媒体で読むもの、iPhoneで読むもの、全てうまい具合に理想書店にくるみこんで、販売することができたら、非常に皆さんのビジネスができるんじゃないかと。この考え方を、皆さんに使っていただければ、ビジネスはいろいろな形に発展できるんじゃないかと、おもったわけです。
そういうような考えを持っていたところ、講談社のCOURRiERという雑誌の編集部がiPhoneでやれないかといってきたんです。それでですね、作ったんですよ。
そしたらですね、このiPhoneでどうやって見たらいいのかわからないという問題が発生したのです。でも本を読むマニュアルなんか作るのいやだよねと。本を読むのにマニュアルなんかないよね。じゃあかいつまんだ解説ビデオを、そう映画の予告編みたいなものを作ってみたらどうかということになりました。で作ってみた 予告編をご覧ください。
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実は、こんな格好をして作ったんです。私が禿げ頭なので、禿げが反射して写っちゃうんですね、照り返しが。だからこう、忍者みたいに頭に黒布かぶっているわけですけど。偉そうなことをいってますが、舞台裏というのは涙あり、笑いあり、こんなものです。質素なものであり、創ることに殉じているのです。分かっていただきたい。だから17年間やってこれたんだとおもいます。
これはCOURRiERという雑誌のですね、ただ版面をそのままとってきただけでは、こんなちいちゃいデバイスですから、読むことはできません。読むことができないのですから、それをタップするとそこが自動的にですねアップして、一枚一枚めくれると。こういうような考え方で作ったんです。で、これは、なぜこういう発想が出てきたかというと、やっぱり雑誌っていうのは版面を作るのにものすごく労力をかけて作っているわけです。だからその版面に対する尊敬とか敬意というものと、それからデバイスのサイズが違うということで、それを調和しなきゃいけない。これは丁度、携帯電話で漫画を読むということと非常に似ていたわけです。散々やってきたんですよ、私たちはこれで。漫画のやり方を応用したという感じです。
ではどういう風に作られたかということを簡単に話そうかと思います。
これは村上春樹のエルサレムでのかの有名な演説、スピーチです。COURRiERに載りました。これを例にとって見てみましょう。これが版面です。実はこっち側には本当の雑誌は、宣伝が載っていたんです。しかし、現状宣伝料を取れないわけですからつぶしているわけです。将来、おそらくこういうものがメジャーになったときに、宣伝に活用されることを楽しみに待っているわけです。
まずじゃあ、村上春樹の見出し部分。ひとつのフレームをおいてみます。このフレームをおいて、サイズをiPhoneの表示に最適化させていきます。こういうふうにすれば、この部分の見出しのところは見えるよね、と。これは本文ですね。本文は一定の行数で切っていく……本文をこういう風に切れば、まあこのくらいかな、と。漫画のコマを切ったのとなんら変わらないじゃないかということですね。漫画より素直にどんどんどんどんやっていけば良いわけですから。
じゃあ次の例を見てみましょう。もうちょっと違う複雑な特集記事です。ここになんか注のようなものがあり、見出しがあって、本文があると。これをどんどんどんどんコマとしての一定のフレイムに切っていく。こういうやり方で、皆さんに提供したわけです。ですから、雑誌の編集部が校了した版面のPDFを我々のところに電送されてきたら、たちどころにこういう形でぽこぽこぽこぽこやって、その日のうちに出来上がって、アップするという形なんです。
ところが、アップするのはいいんですけれども、じゃあ雑誌と同じように発売できるかといったら、できないわけです。何故か?
これは、アップルが審査するからなんです。審査が終わらなければ公開してもらえないわけです。月刊誌なら1週間、10日遅れてもいいというのでしょうか?
審査とは、単に技術的基準を満たしているかを見ているのではありません。内容への彼ら流の判断をそこに加えてきています。公序良俗、暴力、性、ことごとく日本のマンガは不許可の対象となります。ボイジャーが公開申請した489ファイルのうち187ファイルが、彼らの判断で不許可となりました(2009.5現在)。
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パンフレットの4ページをごらんいただきたい。ここに、『iPhoneをつくった会社』アスキー新書刊が出ています。去年丁度iPhoneが発売されるとほぼ同時に出されたんです。その著者大谷和利さん、今ここで直前にお話されたんですけれども、この大谷さんの本は、実は、iPhoneでも閲覧できるはずだったのです。iPhoneを列んで買った人が、まさにそれを読むにふさわしい本だとおもったのです。
アップル側は、この本のiPhoneでの閲覧を拒絶しました。“検閲”したのです。アップルの社員、経営者、製品、その他について書かれたものは、内容の是非に関わらず、アップルストアから除外の対象となると、そういう通告でした。
やっとやってきた“待ち望んだ理想の本”として私たちは喜んでiPhoneを受け入れていたのです。しかし、一方で自分たちのデジタルパブリッシングというものには、自由がないんだなという事実を感じ取ったわけです。
それから一年経ったわけです。この一年の間、もちろんいかにうまく、いかに安く、いかに皆さんに良いサービスを提供できるかということをボイジャーも率先して取組んできたわけです。もちろんそうなんですけども、同時に、出版の自由というものをどうやって守っていったらいいのかということは頭を離れませんでした。日本の出版界、日本のジャーナリズムというのは、血みどろの戦いを経験してきました。苦い経験でもあったとおもいます。戦争というものを経て、反省と自覚という血みどろの戦いで勝ち取ってきたはずのものです。
今、このITの時代になって、なんだかおかしくなってきたわけです。どうも雲行きがあやしい。売れ行きが、だんだんだんだん下り坂、売れることばっかり考える、ためにどんどんおかしくなってくる。そして権力に対する物申す姿勢というのがなくなってくる。そういうような姿に、出版界は陥っているんじゃないかとおもいます。
じゃあデジタル出版のほうはどうなのかといえば、もっと悪い。もっと拝金主義です。金のことばっかりいっているんです。先ほどの清水徹のいう言葉じゃないですけれども、何かの支えの上にあって、それを読んだときに同じ記憶が甦ってくる、持ち運びができるメディアなんだといってる、その何かの支えであるIT、デジタル、これが拝金主義にまみれきっていたら、ジャーナリズムは成り立たないです。そこが私たちの一番追及しなければならないところなんです。
これが一年間かけて私たちが作ってきたビュワーです。iPhoneで閲覧でき、自分たちで自由に配信したコンテンツを閲覧できるビュワーなのです。正式には「理想BookViewer」、短く「理想Viewer」と通称しています。
まず、理想Viewerを自分のiPhoneにダウンロードして入れてください。簡単な会員登録でダウンロードできます。
理想BookViewer(App Store)
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そして 理想書店にアクセスしてください。理想書店というのをあけて自分のID、パスワードで入ります。これは記憶できますので、記憶してログインしてもらうと、ここが理想書店です。今買える本が並んできます。もちろん無料のものもどんどん公開される予定です。
この中で、何かひとつ、ヤングエースを選んでダウンロードしてみます。
角川書店の新創刊ヤングエースのプレビューマガジンが無料で落とせます。コンテンツがダウンロードされます……これはアップルのサーバーから落ちてきたわけではなく、私たちの独自のサーバーから落ちてきているわけです。
ちょっと見ていきましょう。小さくて見えないところはをタップして拡大します。さっきCOURRiER Japonでやってきたのと同じです。そうすると、大きくなって見える。横にすると、更に拡大して読めます。漫画で考えたこと、その知識を雑誌に応用する……COURRiER
Japonに応用する。COURRiER Japonで応用したものをこんどはヤングエースのプレビューマガジンに応用する……そうやって、やりくり算段してですね、ないない尽くしのなかで知恵を融通するわけです。一銭もお金を遣わないで、頭を使う。そういうやり方でやっているんです。おじいちゃん、おばあちゃんの知恵みたいなものでしょうか。
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違う本もダウンロードしてみましょう。
これは『ひらめきのマジック』。先ほど皆さんにご紹介した本ですね。ご覧ください。非常にハンディで持ち運びできる。そして、読めば同じ記憶が甦ってくる……紙の本で読んだものと、PCで読んだものと、iPhoneで読んだものと……同じ記憶が甦る。本の定義に明らかに近づいています。
もうひとつ、いつまでも読めるということ。消え去らないということは本にとって大事なことです。
デジタルな端末というのはいつまで続くかわからない。iPhoneなど来年になるともう違ったものになってしまっているかもわからない。そういうことになったときに、これが読めなくならないように考えておかなければならない。そのために、私たちは.bookという電子書籍フォーマットを作ってきたのです。
このデバイスのために作るのではなくて、電子書籍の原盤・原版……私たち流にいえば“原液”をつくるのです。コップに注ぐべき“原液”を手に入れるのです。
これを、iPhoneというコップに注いでやる、こっちのアンドロイドというコップに注いでやるんだと。そういう次のもの次のもの……なんでもいいです。そういう色々なデバイスにつないでやると。“原液”はいつも自分が持っているんだと、そういうような考え方に立てば、あなたが書いた作品は、50年、100年、長らえることができます。86歳のおじいさんが書いて、自分の家族に、自分がどういうものであったかと伝えるための内容を50年、100年、いつまでも読める理論上の保証はできるんだということになったのです。
あくまでもこれは仕組みに過ぎないんです。だから一生懸命これを背負って歩く人間がいなかったらできないわけですよ。ボイジャーは17年間、背負ってきました。
ここに集ういろいろな会社、人たちが電子出版のことを語っています。どうのこうのと言っていますが、今まで、そしてこれから、長い時間をかけて電子出版を支える会社はあまりないとおもいます。少なくともボイジャーはやってまいりました。それが嘘じゃないということは、皆さんお手持ちのパンフレット「ボイジャー 歩いてきた17年の後に」ところに書いております。
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私たちが歩いてきた道、試みてきたいろいろなこと、1991年にアップルが作ったPowerBookのこと。これによって私たちの電子出版がスタートしたこと。先ほどの大谷和利さんのお話にもありましたけれど、そういう歴史が書かれています。全部失敗の連続でした。市場に受け入れられることはなかったんです。売れなかったんですよ!
ビートルズの『A Hard Day's Night』……さすがにこれはちょっと売れたかナ。映画監督小津安二郎を扱った『The Complete OZU』。寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』。それから絵本のこころみであった『ルル』。これはフランス人と一緒に作りました。マービン・ミンスキーの『心の社会』、ドン・ノーマンの『機械時代における人間性の擁護』とか。そういうものにチャレンジして、全部売れなかった。しかし、その中で、私たちは真面目に、いろいろなものと格闘してきました。だから失敗から学んだ知恵というものが、今ここでお見せしました漫画やらCOURRiERやら、次々と伝統的に受け渡されてきたんです。これを私たちボイジャーは、一貫してやってきたのです。
丁度、一昨日あがったCOURRiERの最新号です。ちょっと見てください。
これは「夢のテクノロジー」という特集になっているんですけれども……これは誰だかわかりますか。ホリエモンです。ホリエモンがこんな宇宙帽なんか被っちゃって。
まずは広く、全体のレイアウトとして見たもの。そして、タップする。本文に行く。本文を、ペラペラペラと見ていく。きわめて簡単だけれど、これをモバイル上で雑誌を見ていくひとつの形として提示したということです。
デジタルパブリッシングというものは、いつでも読めるどこでも読めるという大原則があると同時に、誰でも読めるという必要があるということをお話ししたいとおもいます。
誰でも読めるということは、どういうことか?たとえば視覚障害者、目の見えない人。この人たちが、本を読むというのはどういうことでしょう。
ハイテクの仕事から入ってくる人間たちというのは、字が読めるとかそういうことをまことしやかに、偉そうにいうんですね。しかし、これを使う目の不自由な人の立場、彼らがどういうふうにやって情報を取ろうとしているかなんていうことについては全く考えがないんです。「どうだ、音が出る、すごいだろう」みたいなことしかいわない。目の悪い人の身になって考えるということは後回しにされたわけです。自分たちの技術の優れたもの、驕りというんでしょうか。そういうことばかりいっていた。すごいだろう、と。
本当に目の不自由な人たちと付き合うチャンスがあって、彼らから色々なことを教えてもらった。彼らがどうやって情報を手に入れようとしているか、ものすごい苦しみの中で彼らはやっています。本当に頭が下がるおもいだったんです。
今日午前中、ここで講演された松井進さん、全盲の方です、盲導犬を連れてここに来られてお話をしてくださったんですけれども、彼が私たちにこういいました。
「あなたたちにとって、これは本かもしれないけど、私たちにとっては本じゃない。なぜなら、私たちにとって本は読めないからです」と。単純に触ってみるものでしかない。紙が束ねておいてあるひとつの物質に過ぎない。しかし「あなたのやっている電子出版は、私たちにとって本だ」と言ったんです。なぜならば「読み上げられるからだ」と。
そのときハッとしたのです。ああ、そうならば、どうやったら読上げられる本を届けられるのか。彼らが使うためにどうしたらいいのか、ということを考え始めたんです。最初は弱視の人で、字を大きくすれば良いじゃないかとか、そういうことをやっていた。しかし、字を大きくするというのは、視力が残っている人です。全盲の人はどうなのか。やっぱり読上げしかないだろう、と。
読上げというものを、コンピューター上でどうやってやるんだというようなことをずっと勉強していくと、このキーボードというものは非常に彼らにとって優れたデバイスだったんです。ごつごつしているじゃないですか、キーボードは。だからこっちから何番目のキーはなんというキーに振り分けられているとかですね、それがちゃんと決まって作られていたんです。
実際問題として日本には30万人の視覚障害者がいるわけですけれども、その中で点字を読める人は12パーセント程しかいないんです。なぜならば、皆さんに良く考えていただきたい。もし、皆さんが今、何かの不幸にあって失明した。皆さん成人しているわけですよね。成人している人が、これから点字を学ぶということはなかなか困難です。
なぜできないかというと、二つの理由があるとおもいます。難しいですよね、点字は覚えるのが難しいということとですね。それともう一つ。自分が視力を失ってしまったというダメージです。このダメージで人間の前向きの心というものが、何かを学ぶという向上心がそがれてしまうんです。よく分かる話だと私は感じます。
ただ、働き盛りの人たちであるならば、コンピューターというものはできたわけです。そのコンピューターのキーのシフト、そういうものを覚えていくというのは、点字を覚えるよりもはるかに楽だったのです。今私が話したことは実話です。そういうような人たちのために、このドットブックを、そのまま音声読上げができるようにしたとしたわけなんです。ちょっと例を見てください。
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これはボイジャーと高知システム開発という会社が手を組んで作ったものです。高知システム開発のスクリーンリーダーであるPC-Talkerがまず起動して、パソコンの表示を読上げていきます。次に「MyBook」という本などのコンテンツを読上げる専用ソフトが立ち上がるわけです。その「MyBook」のメニューからデイジーとか青空文庫、ないーぶネット、AdobeのPDFだとかワード/エクセルが読めるようになっている。こういう中に.bookが入ったのです。
そうすると、先ほどの.book『ひらめきのマジック』が、今出てきました。ものすごく早く読んでいます。けれども、このくらいの速さで視覚障害者の人は読んでいるのが普通です。もっとゆっくり設定することもできます。たとえば字が、人の名前や、カスミ、ケイイチなど、そういう読み方が変わってきます。そういう場合は、元に戻って、この字がなんという字なのかということをあたることもできます。PC-Talkerは視覚障害者の中の6割くらいの方たちがこれをつかっているようです。
こういうようなことが、視覚障害者の世界の中で非常に進んできています。進んできているにも関わらず、それと本をつなぐ強力なパイプがなかったのです。
.bookは出版社の利益を守るために、データに鍵をかけています。改竄や不正利用を防止するためです。どうすればいいか、視覚障害者と、高知システム開発と、ボイジャーの三者が集まって、どうしたらいいのかということを話し合ったわけです。そして、情報開示と相互の開発を結び合わせ、視覚障害者がどういうようになったらいいのかという対応をしたのです。
このパンフレット、ぜひ最後まで読んでいただきたいです。.bookを作っている出版社はたくさんあります。実は。視覚障害者が私たちにそういったことをいってきたのは、新しい電子出版が.bookでたくさん出版されているからです。そういうものが読めるのだったら非常にありがたいとおもったのです。ところが、実際問題、ふたを開けてみたら、視覚障害者に読める対応を積極的にしてくれた出版社は講談社、新潮社、角川書店、これだけだったんです。大手の出版社ではこれだけです。
出版社はすでに発行した.bookに、読上げOKのチェックを入れるだけでこれを可能にできます。たったそれだけ、作家と出版社の意志一つでこれに対応できるといっていいことだとおもいます。
.bookと「MyBook」による読上げができたのは去年の11月です。それ以降、上記三社以外の出版社で、.bookにOKのチェックをし、視覚障害者の音読に道を拓く行動に出た出版社はありません。なぜなのか。
既にデジタル化して電子書籍を売っているその.bookが音声読上げされる……もちろん著作権保護もされる、料金も普通の健常者の本と同じ値段で売られる。そのことに対して、いやだという理由がどこにあるのでしょうか?
みなさん、船は出て行くでしょう。デジタルパブリッシングはもう明らかにこの岸壁を離れて、大海に漕ぎ出て行くとおもいます。しかし、一方で未だに人間のどろどろしたものがさまざまな形で残っています。ここを、なんとか皆さんの力で押し出していきたい。押し出していってもらいたいとおもうのです。
今日は東京国際ブックフェアの最終日であり、間もなく蛍の光の音とともに4日間の幕が下ります。
皆さんと共に船に乗り込みこの東京国際ブックフェアを後にしたいと切に願います。まだ螢の光は鳴りません、ちょっと早いですけれども、まあ良いでしょう。
皆さん本当に今回のブックフェア、ありがとうございました。いろいろな意味で皆さんと交流ができたことをうれしくおもいます。またともに、ボイジャー、セルシスを一緒に、ご支援のほどをよろしくお願いしたいとおもいます。
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最後、このTシャツに描かれた絵についてお話しさせてください。
ずっと昔描かれたものなんです。
確実に蝶を捕らえたいとおもえば、いつでもあなたは、野原に巨大な金網を張ることができます。しかし、私の興味は、たとえ網がなくても、素手で、蝶を捕まえることなのです――
決して大掛かりなハイテクなことではなく、おそらく電子出版というのは皆さんの気持ち、皆さんの手の中に、腕の中にあると私は確信しています。素手でこれを捕まえる志をもちましょう!
みなさん、どうもありがとうございました。
2009.7.12 東京国際ブックフェア・ボイジャーブースにて
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