
|
|
|
|
未来のエキスパンドブックについてのAとBの対話 北村礼明
A エキスパンドブックがもつ4層のレイヤー構造ね、これは作者の祝田久の比喩を借りれば、長い2本のリボンが折り重なってできている構造なんだ。そのうち1本のリボンにはフィルムのコマように本のページが並んでいる。これを1コマずつ順番に送っていくことが、即ちエキスパンドブックのページをめくることになるわけ。 B そのリボンがつまりフローと呼ばれているものだね。
A そう、そしてページレイヤーと呼ばれるものでもある。で、このリボンを折り曲げて端っこの1ページを他のページの裏にぴたりと重ね合わせる。すると2つのページが重なって見えることになる。この折り曲げた端っこの1ページのことをページベースと言ってるわけさ。 B ハハ! 優雅だね。 A 彼の頭には現代宇宙論のイメージがあったようだけどね。ほら、紐やリボンで宇宙の構造を説明する物理学者がいるでしょう。書物をミクロコスモスと看做す考えは昔からいろいろあるけど、内容と全く無関係に形式だけで書物の宇宙が構想されてるのはいかにもコンピュータ的で面白い。 B でも、それは逆に言えばどんな内容を盛り込んでも彼の作った宇宙の外には出られないということにもなるね。 A そうだね。しかし、このツールでいったいどこまで遊べるか徹底追及したブックはまだ存在してない。限界について語る前にまずそれをやることが先決だ。
B そうだけど、いまのエキスパンドブックはいろいろ変なことを試みる自由度が極端に少ないということはやはり言えるのではないかな。 A 言うは易しだけど、確かに「本のメタファ」によって封印されているものが一杯あるってことだね。プログラム自体にも、ブックの制作者やユーザーの意識の上にもね。しかし、そこにこそエキスパンドブックのコンセプトがあったといえるんだけどね。 B コンピュータ的なパフォーマンスを抑圧して、ひたすら「本」にあこがれるということね。でも、それなら黙って大好きな「本」を読んでればいいじゃんということにならない? 経済的なメリット以外にもっとコンピュータ的な感性の発見が必要なのではないかな。
A 「本のメタファ」とか「本にあこがれる」という言い方は、たしかに文化的なコンプレックスにしか聞こえない危険性があるけれど、これはそもそもテレビメディアへの批判として意味をもつことなんだ。よく電子本は印刷本に取ってかわれるかという問題の立て方をする人がいるけど、それを言うならテレビは電子本を越えられるかと言った方が遥かに面白い。週刊誌のエッセイみたいにテレビ番組やタレントを批判して溜飲を下げてるだけじゃ意味ないけど、テキストを欠いていることがテレビのメディアとしての最大の弱点であると考えてみることは有効だ。 B なるほど。ごもっともです。でも、失礼ながらそれじゃちっともワクワクしてこないんだな。 A 変なことが好きなら、いまのエキスパンドブックにもひとつ面白いファンクションがあるよ。例えば「新潮文庫の100冊」というエキスパンドブックがあるね。これこそいい意味でバカ正直なまでに「本のメタファ」を追及した記念碑的タイトルだけど、MAC版のブラウザで見ると電光掲示板モードというのにできる。これってきみの好きなゴダールの映画みたいなところがあるよ。ジャン=ポール・ベルモンドがベラスケスの評論を延々読み上げるシーンとか、「勝手にしやがれ」でベルモンドの背後にさぁーっと電光ニュースが流れるカットとかあるじゃない。ああいうときに感じるリニアなものの暴力的な感触だね。 B 電光ニュースには唐突に巨大な文字が出現する衝撃性があるね。 A エキスパンドブックの電光掲示板は真黒な画面に白抜き文字でまっすぐにテキストが流れていく。横向の場合は右から左へ縦なら下から上に一定の速度で流れていく。速度はアローキーで調節できるから目が追える早さの限界のちょっと手前くらいに設定して、谷崎やドストエフスキーなんかの長いテキストで何度もプレイしてみるといい。他ではできない経験だよ。 B それは自由の正反対みたいだけど、へたなハイパーテキストなんかより断然オモシロそうだね。
A 絵巻物のようにページ割りの概念の通用しないものや、洛中洛外図のように大きな平面の広がりをブック化するということも今後のエキスパンドブックのテーマのひとつなんだ。ブック化するということは即ちページ割りをすることだと思うんだけど、こんな題材の場合紙の本のように固定したページ割りでディテールを切り取ってるだけじゃ面白くない。 B モニタサイズをはみ出す高解像度のイメージをスクロールで見ようということ? それって Photoshop なんかでいつもやってることじゃない。 A そうだよ。あの面白さを「本」にしない手はない。ただ PICT データを CD-ROM に入れてお好きなグラフィック編集ソフトでお楽しみくださいというのもいいけど、やっぱりそこにテキストの次元を加えてみたいと思うでしょう。イメージとテキストをどう組み合わせるか、どんなインターフェイスで見せるか、そこに編集やデザインの面白さが加わってくる。 B 64 MB 以上のメモリでお楽しみください、なんてね。それなら変なインターフェイスやグラフィックのエンジンなんか工夫するより、2つのモニタを並べてテキストとイメージを別々に表示するのが一番いいんじゃないかな。つまりね、単にエキスパンドブックとグラフィックソフトとが通信できればいいんだよ。ブック上の語句をクリックすると、注釈コマンドで指定した座標をグラフィックソフトが表示する。あるいはグラフィックをスクロールさせると、連動してブックのページがめくれる。テキストとグラフィックを同時に見ることはできないんだから、すばやく画面の切り替えができるなら1つのモニタでも成り立つことだね。 A グラフィックソフトが無くても楽しめるように、ブックの方には小さな PICT で挿画や注釈を入れておけばいい。そうなってくると、ブックと巨大なグラフィックデータは何もワンパッケージになって同時出版される必要はないかもしれない。やっぱりリンクということ、エキスパンドブックでいえば注釈機能の拡張が大きなテーマになってくるね。 B そもそも本の注釈ってものが面白いものなのかどうか疑問だけど、エキスパンドブックの注釈機能がいまひとつ面白い使われ方をしないのは CD-ROM という閉じた世界の中で完結しているからだと思うな。 A 著作権という問題もあるからね。閉じてる方が出版しやすいんだ。 B そうじゃないよ。著者や出版社はよく練られた閉じた注釈を付けて出版すればいいんだ。だけど、読者の方にも自由に注釈を付けさせて欲しいってこと。 A なるほどね。ツールキットなしでも、例えばノートブックの機能なんかを拡張すればある程度のことは実現可能だね。 B ツールキットのバージョンアップも必要だろうけど、ブラウザの拡張キットもあっていいと思うよ。 A よし、そのアイデアはいただきだ。 B OK。ただしリーズナブルな値段で売らなきゃ許さないよ。
B ところで祝田さんはいま何をやってるの? A Windows 版のツールキットの開発プロジェクトだけど、きみの好きな Nirvana の方にも勤しんでるよ。 B インターネットは? バージョン 1.5 のエキスパンドブックでは注釈コマンドもタグとしてテキストデータに埋め込むことができるようになったじゃない。これってホームページを作るときの html 言語を当然意識してるわけでしょう。 A うん。バージョン 1.5 のツールキットがそのままホームページのエディタになるわけじゃないけどね。今回直接インターネットに関係あるのは OpenURL というコマンドが追加されてることだけだ。 B 何かやってるね。 A フフフ、分かるかね。実は今日はきみにこれを渡したかったのさ。 B もったいつけちゃって・・・ネットエキスパンドブック・プロジェクトか。ドキュメントはないの? A あとで彼のメイルを転送しておくよ。
サーバーにアップしました。
●体験方法
●このプロジェクトはhtmlテキストにブック用データを埋め込む試みです。NetExpandedBookServer計画の前段階に位置するものです。
●作成方法
●機能強化
---------------------------------- 「NetExpandedBook によって WebBrowser は本来の意味を回復し NetExpandedBook は WebBrowser と連携することで閉じた世界から解放される。」 B 面白い! でも WebBrowser の本来の意味って何のことだろう。 A 最近グラフィックで文字データを作ってるホームページがけっこうあるじゃない。html では文字のサイズやフォントを指定できないし、ホームページ自体の表示サイズもすべてユーザーまかせだろう。だけど、どうしてもこの部分は特定のフォントで意図どおりの文字配置で見せたいという場合、グラフィックを使わざるをえない。 B だけど、余りギチギチのレイアウトのコントロールにこだわらないことで、ホームページってのはこれだけ普及できたわけじゃない。どんなマシンでも表示可能だから。あっ、そうか。つまり、グラフィックなんか使わないで文字はテキストデータで表示するのが本来のあり方だというわけね。でも、それって矛盾してるじゃない。だって、このネットエキスパンドブックは Mac でしか動かないんでしょう。 A そのとおりだね。このプロジェクトはまだ始まったばかりだよ。ネットエキスパンドブック上ではまだ QuickTime もグラフィックも表示できない。でも、そんなことは今の段階ではどうでもいいことだ。始まるべきプロジェクトがやっと始まったということが重要なんだ。いろいろいじってみて意見を聞かせて欲しいな。このプロジェクトにはきみの意見が必要なんだ。 B エキスパンドブックそのものが WebBrowser を兼ねる方向、ツールキットが html エディタを兼ねる方向、html とエキスパンドブックのコマンドの互換性を追及していく方向、いろいろ考えられるね。 A レイアウトの厳密さにこだわるエキスパンドブックとホームページでは一見方向性がまるで異なるように思えるけど、モニタ上でテキストを読むという根本のところでは同じムーブメントであると言える。ぼくとしては当面 Web 上でいろいろなコンテンツを実験連載して、その成果をエキスパンドブックにして出版する方向を考えているんだ。そのプロセスでネットエキスパンドブックもいろいろ試していきたいと思う。 B インターネット上でエキスパンドブックブックを出版することは、もう現実のことになっているよね。そうなるとホームページと同じに英語での出版ということも重要なテーマになってくると思うよ。ボイジャーがきっとどこかにいると言ってる「あなたの本を読みたい人」は何も日本人とは限らないから。ということは、エキスパンドブック・ツールキットも本格的な英文のレイアウトに対処できるようになってる必要がある。メニューやヘルプなんかもバイリンガル仕様になってないとね。英語版のツールキットはまだハイパーカード版のままなんでしょう?
A 心配御無用。それについては日米ボイジャー共同のプロジェクトがもうスタートしている。それに日本のツールキットでも英語のブックは作れるよ。たしかにヘルプなんかはまだ英語になってないけど。 B ハハハ! モニタで長文を読むための感性はどうやら役人が一番最初に身につけそうだね。
掲載日:1996.02.17 text(C)1996 Hiroaki Kitamura
|

