CD−ROM版『新潮文庫の100冊』には、表示用のフォント(TrueType)を一書体バンドルする。電子出版物はどうあるべきかを考えていったときに、その回答の一つとして、表示用フォントを付けるしかないという答えが出てきたのだ。電子出版物の中身は、テキスト部分について言えば、ただのコードの羅列にすぎない。読者にとってコード自体は何の意味も持たない。コードに対応した文字記号が画面に表示されて始めて、人の目に意味あるものとして読むことができるのだ。

 出版社にとって本を出版するということは、価値ある中身とすることはもちろんのこと、造本、紙質、装幀、レイアウト、書体、といった「見た目」の部分を含めて統一したものを出すということである。重要なのは中身なのだから、データだけを供給すればよいのではないか、という考え方も一方にはあるだろう。また、見た目だけの問題であるならば、全てをグラフィックデータにしてしまえばよいのだが、コード化という究極の圧縮をかけられたデータを使わないのは非常にもったいないことだ。しかし、コードに対応した文字記号のデータ、要するにフォント、は読者各人のコンピュータに格納されていて、いったいどの種類のフォントがあるのかわからない。現実には、OSが用意している一般的に使えるフォントはあるのだけれど、「見た目」にこだわるならば、こちらで表示用フォントを用意しておかなければならない。

 ここまで述べてきた「見た目」が単なるデザイン上のこだわりであるのなら、わざわざフォントを用意したりはしない。これまで活字の世界の中で築きあげられてきた表記を、単純にコンピュータのコードの世界に置き換えるのは、いささか乱暴すぎるという面がある故に、わざわざフォントを用意しなければならない羽目に陥ったのである。理由の詳細は近日中に改めてご報告したい。(つづく)

掲載日:1995.11.1
text(C)1995 Takuo Murase



フォントについて その2

 はたして日本語の文章を、JISのコードに置き換えることはできるのだろうか。『新潮文庫の100冊』を制作していくということは、この「愚問」ともいえる問いかけに答えざるをえなくなるということであった。

 誰もがまず考えること。「外字」が必要だ。外字にもいろいろな種類がある。まずシステムが用意している外字「システム外字」がある。これは丸付き数字などだ。次にユーザーが用意する「ユーザー外字」がある。それぞれシフトJISのコード表上に、マッピングされている。問題はマックとウィンドウズという両システムの間で、「システム外字」に互換性がないことである。マッピングされている文字の種類及び割り当てられているコードが異なるのだ。また「ユーザー外字」の領域は各ユーザーのものであって、こちら側で使うわけにはいかない。では「外字」を使わないということは考えられるだろうか。例えばひらがなに開いてしまうとか。これはたしかに検討に値する提案であるとは思うが、いやしくも伝統的な出版社の出版物としては到底採用しがたい。

 次に考えること。「字体」である。コンピュータにインストールされているフォントはほとんど「拡張」新字体が採用されている。一般に、常用漢字表及び人名漢字表に掲載されている文字を「新字」といい、その他の文字を「旧字」という。旧字も「素性のはっきりしている」文字を「正字」、なんとなく使われている「俗字」などに分類できるが、あまりここで語ることではない。普通に印刷される書籍は、常用漢字の範囲は「新字」、それ以外は「正字」まれに「俗字」を用いるというのが通例である。「新字」は漢字のパーツごとに簡略化のルールを定め構成した文字である。普通に使われる漢字を全て作ってくれればよかったのだが、わずか二千文字強しか用意されず、それ以外は旧字を用いるとしてしまったために、上記のようにめんどうな形になっている。さきの「拡張」新字体は、「新字」作成のルールを「旧字」にも大幅に適用してあるので、活字の世界のようにめんどうさはないのだが、いざ活字の世界を移し替えることを考えた場合、字体の違いをどう解決すればよいのか。例えば森鴎外の「鴎」の「へん」の部分は、活字の世界では「區」(字源は、品を匚(かくす)、即ち隠す所から転じて、区域)と書くが、「拡張」新字体では「区」である。画面には活字と同様に「區」を出したいが、データとしてJISコード322Aを当てはめると、画面には「鴎」と出てしまう。どうすればよいのか。

 さらに「文字種の多さ」がある。日本語の文章には、漢字、ひらがな、カタカナ以外に記号やアルファベットが使われる。ところがアルファベットは、欧文としてのアルファベットのつながりという使い方と、日本語文中の略記号的な使い方の二種類、「全角」と「半角」の使い分けがある。アクサンやウムラウトだってある。いったいどうやって表現してやればよいのか。

 以上の事柄を考えると、前回の文中で触れた、レイアウト情報などを抜いて文章単独で考えてみても、日本語にとっては、「プレーンテキスト」という考え方が実に成立しにくいということがわかってもらえるのではないか。『新潮文庫の100冊』では、2バイトコード用フォントとして「TrueType版秀英太明朝」を添付し、外字と旧字体をマッピングした。また1バイトコード用フォントは、「Times」(マック)「TimesNewRoman」(ウィン)を使用し、同フォントのアクサンやウムラウト付きの文字を表示できるようにした。これが絶対的な解決策だと言う気はないが、一つの方法ではあったように思う。

 この問題は、実際に制作していくと、JISコードの問題から、各OSの問題などに波及していったのだが、これらについては次の機会にしたい。(つづく)

掲載日:1996.02.17
text(C)1996 Takuo Murase



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