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以前は、文庫とは名著の集合であり、いつかは読みたいという作品が収録されていて、いつでも書店で買える、というものだった。しかし、今は違う。新刊の数が急増し、新刊で買いたい本があっても、一ヶ月後には次の新刊にその座を奪われ、店頭から姿を消していることがしばしばだ。新潮文庫を例にとっても、年間約200点の新刊が刊行され、その陰でほぼ同数が絶版の憂き目にあう。書店店頭、流通倉庫、出版社倉庫のいづれもがパンク状態であり、終わることのない陣取り合戦を繰り広げている。この状態は文庫に限らず、出版物全体について言えることである。 このようなことは、わざわざ私が指摘しなくても、誰もがわかっていることなのだ。そして出版業界内では、このような状況を少しでも改善しようとする努力が続けられている。けれどもその問題の根底には、本は紙の束であることにある。本がかさばる紙のかたまりでなければ、状況は劇的に変わるだろう。デジタルデータによる出版は、それに対する具体的な回答なのだ。 このことも、わざわざ私が指摘しなくても、誰もがわかっていることだ。エキスパンドブックにおけるボイジャー・ジャパンの革新的な活動と、NECによるデジタルブックの試みは、デジタル出版の可能性を見せてくれている。あと必要なのは「具体的なブツ」だ。絶版本をデジタル復刻することは、非常に意味のあることであるが、「ブツ」としてのインパクトに欠ける。いつかは読んでおきたい、と多くの人々が思ってくれている(らしい)『新潮文庫の100冊』ならば、新潮社で出すデジタル出版として、もっともインパクトがあるだろう。以上が本企画の意図である。
掲載日:1995.11.1
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